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わたしはあなたのなんなのだ

あの記事この記事、なんの記事?散逸した記憶の集合体。ニヒリズムの立場から論ず。

倫理と道徳の違い

某予備校教師に何事か質問しに行った時、話の流れでこの話題になった。

倫理と道徳は、人によって様々に定義されているようである。中には違いなんかないと言う人もいるが、具体的に定義を考えなくても、その用法の違いは見出せる気がする。
たとえば、小学校で教えるのは道徳であり、中高で習うのは倫理である。倫理の授業内容は道徳のそれとまったく異なるが、文科省は道徳の延長線上と位置付けているのだろうか。「高等学校学習指導要領解説」の中では、倫理は、「公民科の目標の下に,人格の形成に努める実践的意欲を高 め,良識ある公民として必要な能力と態度を育てることを目指して設けられた科目である」とされている。この「公民科の目標」とは、同じ資料にある「広い視野に立って,現代の社会について主体的に考察させ,理解を深めさせるとともに,人 間としての在り方生き方についての自覚を育て,平和で民主的な国家・社会の有為な形成者と して必要な公民としての資質を養う。」というものである。時間と字数的にあまり深追いはしたくない。教科としての「道徳」との関連は明確には書かれていないものの、少なくとも、古哲の思想を暗記するだけではなくて、それをゆくゆくは実践することが求められていて、この点では「道徳」の延長線上にある、と言えるのではないか。
また、「企業倫理」とは言っても「企業道徳」とは言わない。道徳は「美徳」「仁徳」と関連づけられるが、倫理はそれに比べていくぶん温度の低い感じがする。もっと良い例はないだろうか。

ネットでもいろいろな人がいろいろな意見を書いているが、どれも、「使う人によって定義は異なる」という点では共通している。これじゃ救いがないが、むしろそれを前提として、語感としての違いを追求するのが目標である。
そうした観点で、僕がいちばんしっくりきたのが、上の予備校教師に聞いた定義だった。曰く、「道徳とは上から与えられるもので、万事それに従わなければならない。倫理とは状況に応じて、自分たちが編み出すものである」と。これがかなりしっくりきた。確かに、小学生が学べるのは道徳であって倫理ではないし、企業が考えるべきなのは道徳では答えが出せない倫理的な状況である。僕の書くものも、基本的にはこの定義に準拠している。