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わたしはあなたのなんなのだ

あの記事この記事、なんの記事?散逸した記憶の集合体。ニヒリズムの立場から論ず。

【まとめ・1】 ピュア過ぎるものへの嫌悪

 ピュア過ぎるものが嫌いだ。ピュア過ぎる人間は別に気にならない。少なくとも「ピュアづくり」をしている人間に出会ったことはなく、つまりいずれもド天然であった(あるいは大変な謀略家で、僕の見る目がないだけかもしれないが)。
 しかし、たとえそんな人間が作ったものだとしても、ピュア過ぎるもの、たとえば、音楽であったり文章であったり、そういったものには嫌悪感を覚える。絶対嘘だと思う。

 人間は元来裸だっただろうか?否、人間となった時点で恥じらいが生まれたのだとすれば、人間はその頃から常に恥部を隠してきたはずである。よしんばそれを芸術という形で露呈したが如く見せていても、まずまだどこかを隠しているだろう。更に、「裸である」というその告白自体に嘘がある。人間は元来裸ではないのだから。反大衆反現代的な「裸信仰」というのも嘘である(「人間以前」に回帰するならともかく)。裸の心情吐露というものほど胡散臭いものもない。こと、極端に美しいか、極端に汚いものは。つまり、ピュア過ぎるものには二重の嘘が含まれている可能性がある。そして、それを賛美する人間についても同様である。

 

2015 7 1