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わたしはあなたのなんなのだ

あの記事この記事、なんの記事?散逸した記憶の集合体。ニヒリズムの立場から論ず。

幻想小説「現状」 第七話(番外編)

 水槽、というよりは、いけす、あるいは、屋外であれば池と呼ぶべきであろうか。
 前回の更新から2か月半ぐらい経った。もちろん2カ月半水槽に浸る習慣をやめてしまっていたわけではないが、なんとなく放置しているうちにこんなに時間が過ぎてしまったのである。
 今回は番外編としてスーパー銭湯から。知らない方のために(いないと思うが)念のため説明しておくと、スーパー銭湯というのは、銭湯より少し豪華な、つまり、露天があったり、ジェット風呂だの電気風呂だのと風呂のバリエーションが若干豊富だったりする銭湯のことである。本当に「若干」なところもあれば、かなり豪華なところもある。まあ、おおむねハイパーでもウルトラでもデラックスでもない、まさにスーパーと呼ぶのにふさわしい銭湯が、スーパー銭湯である。

 

 スーパー銭湯の説明でだいぶ文字数を消費してしまった。しかし、とても込み合っている。裸がやたらに目につく。おっさんのゆるんだお腹と、まだ小さい子のがりがりの身体が、同じ人間と呼ばれていることに不可思議さを感じずにはいられない。
 それにしても、自分の肉体も含め、身体というのはまるで腸詰めのようであるな、と思う。特に腕などは、ぎりぎりの皮膚にかなり切迫して肉がぎゅうぎゅうに詰められているように感じる、みたいなことを考えながら、風で冷えたタオルを首筋にのっけて、あー、気持ちいい、と、ロダンの「考える人」のポーズを取りながらお腹を温めている。と、だんだん体が凝ってくるので、のびをしようと立ち上がって体を捻る、と、後ろから視線を感じる。僕のお尻を凝視していた少年の視線を。

 

2015 6 20