わたしはあなたのなんなのだ

あの記事この記事、なんの記事?散逸した記憶の集合体。ニヒリズムの立場から論ず。

書き物~論説(2015)

紛らわしたくない憂鬱

だいたい、いわゆるメンヘラでなくたって、誰にでも憂鬱のひとつやふたつは襲ってくるものだ。世の人は、仮に憂鬱がやってきたとしても、日々それを紛らわして生きているのだと思う。しかし、僕は憂鬱を紛らわしたくないと思ってしまう。憂鬱というのは当然…

sealdsに対する批判・懸念の一覧

【このページの使い方】・sealdsの一員だと自認する人は、このページの批判や懸念を読んで、考えるなり自分の中で反論するなりして、現在のデモに関する考えを深めてください。見出ししか書いていませんから、気になったらリンクを辿って本文を読んでくださ…

sealds疲弊せり

どうせ長文で書いても読みにくいわ誰も読まないわでいいことがないので、箇条書きのフォーマットを試してみます。(文章を・で区切っただけのような気がしないではないが)・sealdsは批判を受け入れない、という評判をよく目にする。・しかし、sealdsが元か…

SEALDs批判~泥憲和氏のある擁護記事から~

以下の記事を読んで腹が立ってしまった。 泥 憲和 - 【インテリってやつは…】 SEALDsのコールに違和感を覚えるという人がいる。... | Facebook この記事の概要は、 ①SEALDsのコールを変えるという意見は採用できない②そもそも少数意見を全て採用することはで…

安倍談話のものすごくざっくりとした概要、争点

全文は新聞各紙やネットニュースに掲載されているのでそちらをご参照ください。 僕の心許ない読み方でまとめると、安倍談話の概要、争点は次の通りです。 〈全体〉①日本が戦争へと向かい、敗戦した歴史的背景②不戦の誓い③終戦後の、他国の寛容に対する感謝④…

需要のなさそうな武藤貴也氏のツイッター発言考察。~その正確な文意を読み取る~ 第三回

このシリーズは、武藤氏の発言が一貫した思想のもとにある、という前提で書かれている。そうした意味で、ここに書かれていることは正確な解釈ではないかもしれない。しかし、逆に言えば書かれていることを辿ればこうとしか解釈できないのではないか、という…

需要のなさそうな武藤貴也氏のツイッター発言考察。~その正確な文意を読み取る~ 第二回

相手と批判するためには、第一歩として、相手の主張をよく理解しなければならない。こうしたモットーに立ち、武藤議員のツイートの真意を読み解く記事の2回目である。本文に先だって言わねばならないことだが、そもそも解釈を要する発言をしてしまうという…

需要のなさそうな武藤貴也氏のツイッター発言考察。~その正確な文意を読み取る~ 第一回

相手と意見を交わすためには、第一歩として、相手の主張をよく理解しなければならない。2015年8月3日現在、武藤氏が大炎上しているのは周知の事実だが、炎上という現象がそもそも、相手の意見に全く耳を傾けず、言葉の印象だけで相手を攻撃する烏合の衆が集…

一部訂正:武藤貴也氏のツイッターに関する記事について

昨日投稿した記事についてですが、本日武藤氏のブログ 「国民に課せられる正義の要請」|武藤貴也オフィシャルブログ「私には、守りたい日本がある。」Powered by Ameba が更新されるとともに、一部に誤りのあることがわかりました。お詫び申し上げます。 端…

武藤貴也代議士のツイッターでの発言について(戦争に行きたくない、は利己的?~「永遠の戦前」を生きる)

詳細はご存じの方が多いと思うが、武藤貴也代議士のツイッターでの発言が大炎上している。しかし、適切なつっこみをしているツイートにはあまりお目にかからないし、武藤代議士の文意さえ読み取れていないリプライも多い。ここでは、そこらへんのごたごたを…

ニヒリズムと平和主義~反戦デモに宛てて~

平和というのは、一般に言われているように素晴らしいものではない気がする。というのは、平和は理想状態であるというより、寧ろ前提の状態として想像されるべきものである気がするからだ。もちろん、平和の実現する可能性、継続する可能性の低いこと、その…

改稿:民主主義における「無知の知」~デモについて~新左翼、オウムの捉え直し

言いたいことはさして変わらないのだが、幾つか加えたいことがあるので、改めて考えてみたい。 本題はすでに散々書いたので軽くだけ。一般大衆は、当然のことながら、政治の専門家ではない。政治家というのは政治の専門家である。簡単に考えれば、政治に関し…

【まとめ・10】 ニヒリズムと相対主義

前の投稿で、ニヒリズムを矛盾なく運用していこうとすると、結局相対主義に辿り着く、ということを書いた。しかし、ここである疑問が浮かぶ。つまり、そもそもニヒリズムと相対主義とには、どんな違いがあったというのだろうか。 前回、相対主義はしばしば穏…

【まとめ・9】 ニヒリズムについて

日頃ニヒリズムニヒリズムとうるさいにも関わらず、ニヒリズムとは何か、ということを説明しようとすると、けっこう困ってしまう。折に触れて何度も定義しようと試みているが、なかなかうまくいかないというのが現状である。 ニヒリズムというのは、「無」主…

【まとめ・8】 なぜ文章を書くのか

フェイスブックに文章を書き散らしている。誰か見ているのだろうか。 特に誰かに見てもらいたくて、というのではなく、自分の思考を整理するため、という側面が大きい。目的の6割ほどはこれだろう。それでもネットにアップするのはやはり他人に見てもらいた…

【まとめ・7】 無への志向(考え事について)

括弧内がなくてこのタイトルであればいくらでも文章が書けそうであるが、今回は括弧内にある通り、考え事について書いていく。 単刀直入に申せば、自分がやっていることとというのは結局すべての事象を意味不明の重体の状態に差し戻すということなのではない…

【まとめ・6】 論理について(論理を疑う)

いろいろ考えた挙句ニヒリズムの立場に立っている以上、「正しいもの」という存在を認めるわけにはいかない。あるとすれば、それは「ある人間が恣意的に正しいと思っているもの」でしかない。これは論理的に正しいものについても同様である。 そもそも、論理…

【まとめ・5】 右翼的なものへの嫌悪

右翼的なものも、最近なんだか嫌になりつつある。勿論戦前の天皇崇拝は今となってはさっぱり理解できないのであるが(天皇がなんなのかよくわからないからである)、そうでなく、単純に保守という意味合いからしても、あまり賛同できなくなっている。 現状追…

【まとめ・4】 左翼的なものへの嫌悪

元来左翼という存在はなんだか苦手であった。なにが苦手って、どこかお花畑な感じがするところである。 加えて、これは凡その幸せな時代に生まれた日本人がそうであったと思うが、現状でも十分幸せなんだから、これ以上何を変えるというのさ、変えてどうにか…

【まとめ・3】 自己洗脳への嫌悪(欺瞞への嫌悪のつづき)

さて、欺瞞の不完全なりの定義は、「何らかの正当性を保証し、かつ他人(または自分)に対しその正当性に基づくよう押しつけるものに対し、それを受け入れさせる(または受け入れる)こと」であった。この定義の括弧内の方は、いわゆる自己洗脳というものに…

【まとめ・2】 欺瞞への嫌悪(押しつけがましいのへの嫌悪)

欺瞞が嫌いだ。欺瞞とは何か、ということをずうっと考えていたが、自分の明確に嫌いなものであるにも関わらず充分な定義ができない。ただ、不十分でも定義するとすれば、「何らかの正当性を保証し、かつ他人(または自分)に対しその正当性に基づくよう押し…

【まとめ・1】 ピュア過ぎるものへの嫌悪

ピュア過ぎるものが嫌いだ。ピュア過ぎる人間は別に気にならない。少なくとも「ピュアづくり」をしている人間に出会ったことはなく、つまりいずれもド天然であった(あるいは大変な謀略家で、僕の見る目がないだけかもしれないが)。 しかし、たとえそんな人…

新幹線放火・焼身自殺事件に見る、自殺に対する世間の目

同じ題材を、違った視点から見ていこうかと思う。 巻き込まれた女性のことが、だいぶ感傷的に取り沙汰されている。一方、焼身自殺した男性については、故人に対するものとは思えないほど、冷たい。 報道もコメンテーターも、視聴者も、巻き込まれた女性に感…

新幹線放火・焼身自殺事件の報道・コメントにまつわる違和感

どうにも違和感がある。今日、フジテレビでいくつかのニュース番組を見ていて、焼身自殺をした男性について、コメンテーターが「許し難い」「れっきとした殺人である」というコメントを発していた。当然これは自殺という行為そのものに対する賛否ではなく、…

実験的平和主義の構想

今日(も)、お茶の水の街頭で反戦演説が行われていた。行くあてのない身だったのでしばらく立ち止まってぼんやり聞いていたが、実に大量の人びとが行き来するのに耳を傾ける人はだれもいない。演説の内容もやり方もつまらないのだから、無理なからぬことで…

親愛ならざる論理教信者に告ぐ(対論理 第一回)

今回は物々しいタイトルだが、内容はそれほど物々しくないよ。 論理とは、人類が共通して持つ「筋道」であると言われている。論理的に正しいことは、論理的に考えれば誰もが正しいと思うし、逆もまた然り、ということである。その「筋道」は誰もが辿れる一筋…

もし時代が違えば、自分はオウムに入信していたか、あるいは。

オウムの二時間ドキュメンタリーを見て以来、かねてより気にかかっていたオウムについて、いろいろ調べてみている。元信者の懺悔録などが数多く残っており、今のところ材料には事欠かない。といっても、興味があるのはオウムをなぜ信者は信じてしまったのか…

震災追悼式宮城県遺族代表・菅原彩加氏にまつわる違和感

いつのまにやら、この女性について、様々な疑惑、批判などが飛び交っているらしい。 僕はテレビで流れていたらしい当のスピーチをリアルタイムで見ていたわけではないが、ネットがどうも騒がしいので顛末を知ることとなった。 主に槍玉に挙げられているのが…

軽い書き物(3) ~重い書き物(3)の前座というか準備~

欺瞞がとにかく大嫌いなのである。それはトラウマ的恐怖にも似た感覚である。いったい僕の幼少期に何があったというのだろうか。 人々は「」を有していて、『』(=社会の枠組み)に近づけるのが大人になるということかもしれない。社会に限らず、なんらかの…

重い書き物(4)

前回「影響欲」についての話を振って終わってしまったが、今のところとくに見解はない。且つ、僕の中にそのような欲が強くあるとも思われない。あるとすれば、他人を自分に近づけて、自分の居心地を少しでもマシにしようという儚い努力であって、それをせん…

重い書き物(3)

生きている以上、どうしようもないことというのは必ずあるらしい。幼児的全能感という言葉がある通り、幼いころは「何事も自分の思い通りにできる」という錯覚を抱きがちであるそうだ。それが、大人びるにつれて、「どうにもならない、どうにもできない」と…

卒業に至りてバカをやらかす

この期に及んでバカをやらかす バカをやらかしてしまった。卒業文集には「たる砂漠 ほか3編」とある。つまり、文章塊が4つばかし載っていなくてはならないのだが、3つしか載っていない。つまるところ「ほか」と「全」の使い分けをうっかり間違えたのであ…

東京大空襲の日にあたって、戦争教育について

東京大空襲の日だということで、朝日新聞の天声人語にも、例によってそれらしいことが書いてある。 朝食(昼食?)を食べながらそれをぼんやり眺めていたのだが、案の定それは「感情的な」「民衆の視点に立った」ものでしかない。 個人的に、論理も感覚のひ…

重い書き物(2.2)~脇道の続き。イスラム国関連、その他~

①自己責任。ただでさえ意味の捉えにくい言葉だが、あの2人を否定的に捉える文脈で使われる時のような用法の時、この言葉には少し新たなニュアンスが加わる。 自己責任である、という表現の言い表したいところとは、結局、勝手な個人の信念で行動し国民全体…

軽い書き物(2)

18ももうすぐ終わろうとしていて、まあといっても19になるだけなのだが、せいぜい年相応には、人生というものを考えてみたりもする。 も、というか、最近はそればかりだ。考え事は現実で生活する時間を奪う(無論勉強も含めて)。自堕落と考え事に現実の全て…

重い書き物(2.1)~ちょっと脇道に~

ツイッターにつらつらと垂れ流してしまったけど、ひとまとめにしておいてもよい文章かと思ったので、加筆・訂正を加えて書いてみます。 自分が何に悄然としているのかよくよく考察すべきだ、と思う。 僕は、同じ日本人が殺されたことへの哀しみでなく、単に…

重い書き物(2)

先日のようなことを、そもそも僕はなぜ考え始めたのだろうか。 僕は、他人に対してえも言われぬ嫌悪感を感じることがある。そして、それは自分に対しても同様であった。 それは何かと言うと、その人の行為や発言がある「善の感覚」に彩られているときである…

重い書き物(1)

『』に対する闘争、ということをずーーっと考えている。 『』とは個々の「」の重なり合ったもの、そして、「」とは個々がそれを通して現実を認識しているものである。そうして認識されたものが「現実」である。 社会とは、多数の人間の生活する時空のことで…

軽い書き物

どうにもズレている人がいる、とは我が母の弁。ズレている人間は、どうにも集団の中で生きづらく、浮いたり沈んだりしている。 自分も、ズレている人間のひとりだと思っている(それを自称する気持ち悪さを感じつつ)。 ズレている人間は、浮力に逆らったり…

他人への寛容というのは、宗教の本質ではなくて、まあ言えたとして「日本仏教の本質」または「平和の本質」では?民族的な団結の証である宗教は、民族の交流する、つまり対立する可能性のある場所においては必然排他性を持つわけだし。試してみる価値のある…

うるとら雑記雑らとるう

新年明けましてご愁傷さまでございます。門松は、冥土の旅の一里塚。本年も張り切って参りましょう。 さて、新年テンションも尽きた。ここのところ黙って曲ばかりアップしていたのでとうとう気でも狂ったかと思われて、ないか。誰も特に気にしちゃいないだろ…